愛は行動を伴うものである〜マザーテレサ

 シュテファン寺院の中で、マザーテレサの写真が飾られている一角があった。私はマザーテレサの言葉が好きなので、館内チケットを売っていた男性に、この教会とマザーテレサはどんな関係があったんですか?と、具体的なエピソードを知りたくて尋ねたのだけど、よく聞き取ってもらえなかったのか、「ここに飾られている人たちはみんな関係者だよ」とぶっきらぼうに答えてもらっただけで、その関係性は結局その人からは教えてもらえなかった。

 察するにカトリック教徒として飾られているということなのだと思う。

 

 昔「愛しているといってくれ」というドラマがあって、主演は常盤貴子さんで、私はこのドラマを観たときに、初めてシナリオライターになりたいと思った。虚構のストーリーが、人の心をこんなに揺さぶるのだと初めて知った。

 

 それは、耳が聴こえなくて、自分の言葉で話すことを決してしない豊川悦司さん演じる恋人が、ずっと愛していると声で言ってほしかった彼女を引き止めるために、反対方向のプラットフォームから絞るように「愛している」と言って彼女を引き止めるシーンだ。

  このドラマのシーンからもわかるように、私たちはたった一瞬で過ぎ去っていく「愛している」という言葉を求める傾向がある。

 

 でも、仮に、10年間思い続けている両思いかもわからない片思いの相手がいたとして、そしてその想いは相手にとって陰ながら支えとなり、その人を勇気付けてきたとしたら、そこに「愛している」という言葉がたった一度も交わされていなくても、それは愛だ。

 愛は持続的で、行動を伴うものだと私は本当に思っていて、たった一瞬「愛している」と言うことよりも、たとえそれが想いだけだとしても、ある一定の時間を誰かとともにいるということの方がずっと尊く、意味があると思う。

 

 マザーテレサのこの言葉には真実がある。

 それはマザーテレサが誰よりも、行動を通して人々を愛してきたからに他ならないからだと思う。